これまで二人は、布施が企画した展覧会の印刷物を、八木がデザインするかたちで、活動初期から共に表現を行ってきました。しかし共同制作を試みるのは初の機会となります。「現在のアートとデザインは、超人類的な想像力を失ったまま、それぞれの生のリアリティのなかで矮小化してまった」と述べる布施と八木の活動は、そうした閉塞感とは無縁の、自由な引用と発想で、数千・数万年の過去と未来をつなげてきました。
本展のタイトルは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスによる小説『砂の本』(1975年)より引用されました。そこには読んでは消え、何度めくっても二度と同じページにはたどり着くことのできない無限のページを持つ本が登場します。本展覧会は、詩や批評をはじめとした言葉を扱うアーティストである布施琳太郎と、さまざまな言葉をデザインして紙面に構成する八木幣二郎のコラボレーションとして構想されました。二人は、言葉が機能する場としての「本」を、アーティストとデザイナーの立場から再考します。
二人は、今回の共同制作において、昨今注目を集める人工知能のための「大規模言語モデル(LLM – Large Language Model)」の学習過程でつくられる「意味空間」に着目しました。意味空間とはコンピュータのための辞書のようなものです。まず無数のテクストがコンピュータに取り込まれます。そして、そこにある無数の単語が自動的に超多次元の意味空間のなかへと位置付けられながら、単語同士の関係をベクトルとして保持することで大規模言語モデルはつくられていきます。二人は、そうした意味空間の多数の次元を削減して三次元空間へと写像(マッピング)することで、人間に知覚できる画像として出力することに興味を持ちました。そして「無数の単語が意味空間へとマッピングされる過程を逆走させたときに何が起きるのか」を考えるようになったと言います。二人は、自作のCGモデルが持つ様々な三次元情報をひとつの意味空間として、8点の平面作品と2000ページの本をつくりました。それらの作品は、ひとつの意味空間の異なる諸相を垣間見せるでしょう。二人が造形しようとするのは、数多の企業や国家が試みる、すべての人々のための汎用人工知能の対極に位置する「砂の本」なのです。
詩とグラフィックデザイン、それぞれの“言葉”でヒューマンスケールを超えた世界を構想する二人が、「砂の本」をつくるという共同作業を通じて、次なる世界の造形可能性を探求します。二人が、本展覧会を通じてどのような表現を行うのか、ご覧いただけますと幸いです。